3.作文について考えてみた

読むことは人を豊かにし、話し合うことは人を機敏にし、書くことは人を確かにする。

フランシス・ベーコン

最近言葉の力はすごいなと思う。理工系の話の多くは数学的に事象の関係が記述されているけど、結局は言葉で書いてある。言葉が書いてある。センテンスの構造とかパラグラフ、章、全体としての構造とかちゃんともってて、それを分析する手法というのもちゃんとあって、言語の力を感じる。意味を構成するための単語の機能とか分析するのって、かなり抽象度のレベル高いよね?

スペイン語とか疑問文とか、感嘆文のまえに?とか!先につくっぽいし、こういうのはその言葉固有だけど、所属を表す単語があるのとか、そもそも疑問文を持つとかはほとんどの言葉で共通だし…。

言いたいことを伝えるって目的があって、それを解決する手段として言葉を使ってきた人間。そして数学という言語で自然の法則を記述できて…。

科学できない対象ってあんまりないというか、人文科学って豊かな世界だというか。

言語を通して世界を眺められるとかそういう次元て、キリスト教でいったら神の国みたい、まんがでいったら舞空術とか駆使して戦う感じかな。どの分野でもそうだけど、きちっと記述できると、現実に機能する力を得られるよね。この媒介してるコンピュータ、テキストエディタとか、ウェブも教科書開けば言葉で書いてあって、コードも言葉で書いてある。

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映画 「Devils on the doorstep」(鬼子来了)を観た。

初投稿です。今日からブログをはじめてみます。

最近中国に関心を持ち始め、youtubeで動画を探しているうちにこの映画を見つけました。

いつものようにcygwinからyoutube-dlコマンドでダウンロードして、vlcプレイヤーで1~1.6倍速くらいで視聴しました。

二回に分けてみたのですが、前半と後半では印象が結構変わりました。

前半はあまりシリアスに考えずに見たのですが、後半はそうではなく、視聴後は何か絶望感を感じました。

日本人による侵略が嫌だったということが効果的に伝わった気はします。

というか現在中国政府発表の被害は死者3500万人、強姦2万人とされていたはずです。

日本人と中国人のわだかまりはまだまだとけそうにないと、そういうことを認めてかかわり方をどうこうしていかなくちゃならないという気がします。

今日テレビで日本は民主主義が根付いていて、中国は独裁だという話をしていましたが、人類最大級の暴力からまだ70年しかたっていないのに、それはこういう現実を認めていないということにならないか、と思ってしまいます。

初投稿なので、勇み足になると嫌なので、こんな感じでブログ始めました。