スパイダーマン:スパイダーバースを観たよ

僕はスパイダーマン:スパイダーバースをぽすれんではじめて観た。始めにもっていたクオリティーに関する心配は、観ているうちにすぐになくなった。

放射性のクモというのが、スパイダーマンになるための鍵となる存在で、それにかまれるとスパイダーマンがもつ体の強靭さや、超強度の糸を手から分泌し、さらには飛ばす能力(スレッドシューターなる装置も使う)、抜群の反射の能力などを持つとされる。忘れてはならないのが、壁を登る能力。ファンデルワールス力が関連した能力のようだ。そして、あらたにその放射性のクモにかまれ、スパイダー能力をもつ若者がでてきた。そのひとりが今回のメインキャラのスパイダーバースである。彼は先輩ピーター・パーカーに反抗しつつ、衝突したり、葛藤しながらも成長していき、ピーター・パーカーに育てられていく。しかしそのピーター・パーカーも問題を抱えていた。そこに可愛らしいグウェンというバースの同校生も現れる。

悪役の黒スーツの巨漢で頭・首が胸の真ん中あたりにある、恐ろしい強さのヴィランもセリフがなんだか愛嬌がある。なんだか新時代を感じる作品。

スパイダーマン映画史上最高傑作というのも、嘘ではないと思う。独特の映像効果や、フラットでやや平坦だけど、Loveを感じる世界観、マーヴェルシネマティックユニバースを思わせる、キャラの画風の違いなどを観ていて、楽しいなぁと感じながら観ていた。とくに量子力学の世界を思わせる、痙攣的で、カラフルで、超ミクロ、かつ超巨大(量子の定性・定量観測用)機器などの映像効果が、新世代CGアニメといえる水準にあると思う。

アントマン以降の時空移動の概念が盛り込まれている。小さなスパイダーブタとか、日本のサイバーハッカー女子高生とかでてくるのだけど、そこも新感覚。マーヴェルシネマティックユニバースの文脈である。スポーンを連想させるスパイダーバースの身内のヴィラン?もでてくる。

Marvel映画はプロットが複雑で、ヒーローごとの映画を観て、それぞれの人物像をつかんで観ると笑えるシーンが増えます。

マーヴェルシネマティックユニバースとは・・・

マーヴェルコミックの別々の漫画の主人公や登場人物が、同一の世界のなかで、一本の映画の中ででてくる世界の作品群。代表作にAvengersシリーズが上げられる。

スパイダーマンの能力ー参考(英語文献)

https://spiderman.fandom.com/wiki/Spider_Powers

https://en.wikipedia.org/wiki/Spider-Man#Powers,_skills,_and_equipment

「ウィキリークスの秘密-ジュリアン・アサンジ完全密着-」 というドキュメンタリー映画を観た

「ウィキリークスの秘密-ジュリアン・アサンジ完全密着-」 というドキュメンタリー映画を観て、感化されたので、さっと感じたことをこのパブリックノートに書きます。

数日前、うみみらい図書館で「クリーンコード」という、コーディングに関する本を読みました。そこに、Wikipediaの周りのプログラマの話も載っていて、(いま、創始者のジミー・ウェルズについてググったけど、ちょっと記憶ちがいかな)こういうWebサービスを開始する人も、かなりプログラムうまかったりする。

ジュリアン・アサンジも書けるプログラマ、、みたい。なんかハッキングてか(、クラッキングだね)にも少年時代関わってたんかな?その「クリーンコード」では、プログラミング手法とかで業績上げたようなプログラマのことが、本人の肖像イラスト画つきで描かれていて、面白かった。(デザインパターンとか、エクストリーム・プログラミングとか、オブジェクト指向とかのイノベーター)ジェフ・ベゾスも書けるプログラマだしね。

たぶんアサンジも、このWebサービス始めようと思うまでに、いろいろなプログラムを勉強して、もちろんその周りの理学(数学、物理学、化学)も学んだだろうし、社会のことも考えていたと思う。てかこの人ジャーナリストでもあるし。
デスクトップユーティリティープログラムのアルゴリズムや、OSの仕組みとかも勉強したろうと思う。

で、ある時、「ドッカーン」ってことだろうね。社会に必要なプログラムが頭に降りてきて、しかもコーディングができる。あとサーバーの設立・管理ができて、そこに人がアクセスしたくなるサーバ・アプリケーションを作った。

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映画を観て、感じたことは、ヨーロッパ的な価値観と、地続きの異文化としての中東、そして移民していった兄弟としてのアメリカ。そのアメリカが、イラクと戦争を起こし(ずっと前から石油を巡って侵攻していたけど)、そこでハイテク最新兵器を使って、圧倒的な力で暴力事件を起こしている。

今日、インスタでpolicepostsというアカウントで、警察がカップルを捕まえるところをみていた。映画の中では、六人の民間人が、多分特に理由がなく、銃撃をうけて、それを助けようとした人まで撃たれていた。子供も二人いて、重症を負い、いまも後遺症が続いている。

歴史の本とテレビ(NHKもたまにはいいことをする)で学んだことによれば、私有財産が生まれる前は、人類はもっと平和に過ごしていた。総力戦的なことはあまりしなかった。現代は戦争があまりに巨大化している。どこかで人間の動物性が壊れて、凶暴化しているのでは。。

ある日、大事ななにかが壊れることがある。今日アマゾンから届いたパッケージの中に、アフリカの子どもたちに募金を募るパンフレットが入っていた。そういえば、インスタでも、ボランティアのポストにコメントしたな。

アメリカは好きだけど、軍事行動の闇は地球の精神を侵している。それが強く心に残った。少数の悲劇の当事者のことを考えずにあってはならないと思う。

ウィキリークス
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A6%E3%82%A3%E3%82%AD%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%82%AF%E3%82%B9